月別アーカイブ: 2018年6月

ヘリコバクターピロリ感染胃がんの方が術後の予後良好

ヘリコバクターピロリ感染は胃がんの発生リスクとなりますが、手術後の予後に対してどのような影響を及ぼすかは明らかではありません。

独協医科大学では、胃がん手術後症例におけるピロリ感染の有無および菌量が予後に及ぼす影響を比較検討しました。

ピロリ菌感染を伴う症例の方が術後の5年生存率は有意に高く、菌量が多いほど高かったと報告しました。

リンパ節転移のある陽性群で5年生存率が高いということがわかりました。

胃がんの発生には、胃粘膜の慢性炎症の結果として生じる萎縮性胃炎が関連することが示されており、これにはピロリ感染が重要な役割を果たしています。

そのため、ピロリ菌は胃がんの発がん因子とされています。

一方、胃がん手術後はピロリ感染を伴う症例の方が予後が良好との複数の報告があります。

そこで獨協医科大学は胃がん手術後の200例を対象としてピロリ陰性群(98例)と陽性群(102例)について比較検討しました。

胃がん背景粘膜でのピロリ感染を培養法で測定し、感染の有無だけでなく菌量の多寡に関しても検討しました。

その結果、5年生存率はピロリ陰性群(29%)に比べて陽性群(50%)で有意に高かったです。

菌量による比較では、菌量が多くなるほど5年生存率も高いという結果でした。

早期がん、進行がんの比較においても、陽性群の方が5年生存率が高く、進行がんでは有意差がみられました。(陰性群21.1% 陽性群36.7%)

リンパ節転移に関しても、転移の有無にかかわらず5年生存率は陽性群で高く、特に転移あり例では陰性群16.8%、陽性群36.8%と有意差が認められました。

陽性群で予後が有意に良好だった因子は⓵進行胃がん、⓶リンパ節転移陽性、⓷腹膜播種陰性、⓸肝転移陰性だと説明がありました。

獨協医科大学はさらに、胃がんと胃がん背景組織におけるCOX-2 mRNAの発現量についても検討を行いました。

COX-2は胃がんや大腸がんの発現、炎症に関連する因子です。

その結果、がん組織と正常組織(非がん部)におけるCOX-2 mRNAの発現量については、正常組織の4.91に比べてがん組織では5.14と多かったです。

正常組織ではピロリ菌感染の有無によりCOX-2 mRNAの発現量に差は見られず、ピロリ感染がCOX-2の発現を誘導していないことがわかりました。

また、アスピリンによりCOX-2の発現を抑制した場合、ピロリ菌除菌後の発がんが見られなかったとの報告などもあり、COX-2に関連した発がん過程にピロリ菌感染の影響は小さいことが示唆されています。

研究者は「さまざまな予後関連因子があるが、今回の検討ではピロリ感染例は進行がんやリンパ節転移例で予後が良好でした。特にリンパ節は細胞免疫が働く場であることから、ピロリ菌の感染は細胞免疫に影響を及ぼしている可能性が考えられます。」と結論づけていました。

とはいえ、ピロリ菌感染は胃がんの発生リスクとなりますので、今までピロリ菌の検査を受けたことがない人は自分の胃の中にピロリ菌がいないかを必ず確認しましょう。

今はインターネットでピロリ菌検査キットが販売されています。

陽性であった場合、必ず病院を受診して除菌してください。

ピロリ菌除菌をすれば胃がんは防げます!

胃がんの予防を日本全体ですすめていくために、皆様ピロリ菌検査をしてください。

よろしくお願いいたします!

ホルモン避妊法が自殺リスクと関係

ホルモン製剤による避妊が自殺リスクと関係することを示すデータが、デンマークなどのグループによりAm J Psychiatryの4月号に発表されました。

同グループは、精神疾患歴および抗うつ薬やホルモン避妊法の使用歴がなく、1996~2013年の前向きコホート研究の期間中に15歳を迎えたデンマークの全女性を対象に、ホルモン避妊法と自殺企図および自殺との関係を検討しました。

対象は約50万例(平均年齢21歳)。

平均8.3年の追跡期間中に初回自殺企図が6999例、自殺が71例発生しました。

現在および最近のホルモン避妊法使用の非使用に対する相対リスクは自殺企図が1.97、自殺が3.08でした。

避妊法別の自殺企図の推定リスクは混合ピル1.91、ミニピル2.29、膣リング2.58、避妊パッチ3.28でした。

育児中の男女外科医が抱えるストレスの実態

育児中の外科医が抱えるストレスの実態を明らかにする目的で、18歳未満の子供を持つ日本外科学会会員を対象に行われた「働くドクターのストレス調査」の結果を、東京女子医科大学が報告しました。

その結果、男女とも「自分の時間の不足」によるストレス経験率が1位でした。

同調査では、リクルートワークス研究所が育児をしながら働く男女を対象に行った「働くマザーのストレス調査」の設問をもとに、ストレスを感じることとして「日常のいらだちごと」を50項目、「人生の出来事」を43項目設定。

18歳未満の子供を持つ日本外科学会会員を対象に、各項目のストレス経験の有無(経験率)、および、100点満点で評価したストレスの度合い(ストレス値)について、インターネット調査を実施しました。

その結果、「日常のいらだちごと」のストレス値のランキングでは、外科医全体では仕事に関する項目が上位を占め、1位は女性外科医では「職場内でのいじめ・嫌がらせ」、男性外科医では「子供の一時預け先探し」でした。

また、男性外科医の6位は「お弁当作り」で、男性外科医が積極的に家事を行っている可能性が示唆されました。

一方、「日常のいらだちごと」の経験率では、外科医は男女ともに1位が「自分の時間の不足」で、仕事に関する項目も多く上位に入りました。

「アカハラ」が上位の一方、配偶者への不満は少ない傾向でした。

「人生の出来事」に関するストレス値では、「アカハラ」が女性外科医で5位、男性外科医で4位といずれも上位でした。

参考調査の女性では1~4位を配偶者に関する悩み「失業、ギャンブル依存、暴力(DV)、収入減」が占めたが、女性外科医ではいずれも、上位15位のランク外でした。

以上から、子育て中の外科医における主なストレスは、男女ともに時間の不足に関係するもので、仕事でのストレスも多いことが明らかとなりました。

研究者は「外科医が働く意欲を持って能力を発揮するには、ストレスの原因を探り、可能なところから解決する取り組みが必要である。」と結論しました。

テレビ電話で診療が行われる時代に!

2018年4月の診療報酬改定でオンライン診療料というものが新設されました。

リアルタイムでのコミュニケーションが可能な情報通信機器を用いて診察を行った場合に算定できるのがオンライン診療料(70点)です(要届出)。

今後の日本の医療は、テレビ電話で診療が行われる時代になるかもしれません。

しかし、すべての疾患に対してテレビ電話での診療が有効なわけではありません。

医療者側も患者側もオンライン診療の特徴を理解して利用する必要があります。

オンライン診療に合う疾患は、高血圧や糖尿病や脂質異常症などの生活習慣病や、花粉症、ハウスダストの免疫療法などの慢性疾患で定期的な内服、管理が必要な疾患です。

特に働き盛りのビジネスパーソンの健康管理として重要な意味合いを持つと、私は考えています。

例えば、日本の高血圧患者は約4000万人、 40歳以上の日本人の2人に1人が高血圧といわれています。

心筋梗塞や脳卒中などの高血圧関連疾患は40代から増え始めるにもかかわらず、高血圧症の40代男性の受診率は約7%と非常に低いことが報告されています。

さらに、正常血圧値の人と比べた高血圧の人の死亡リスクを年代別にみると、50代~70代男性よりも40代男性で最も高いことも報告されています。

某製薬会社が、高血圧で医療機関未受診の40代ビジネスマン約500人を対象に、意識調査を行いました。

その結果をご紹介すると、

・約6割の人が高血圧にもかかわらず、運動や食事療法などの血圧管理を行っていない。

・その理由として、「めんどう」「自覚症状がない」が9割。

・半数近くが、「自分の血圧では、高血圧ではない」と考えている。

・このアンケート終了後、実に8割の人が今後血圧管理に取り組みたいと答えた。

今回の調査では、40代の高血圧ビジネスマンは自分の血圧値に対する認識が不十分な人が多く、血圧管理に真剣に取り組んでいない現状が明らかになりました。

その一方で、血圧管理の重要性がしっかり理解出来れば、取り組む意欲があることも確認されました。

しかし、毎月仕事を休んで定期的に病院に通えるかと言うと難しい人が大多数かと思われます。

オンライン診療はそういった現状を打開するひとつのツールになるでしょう。

ただ、今回の診療報酬改定では大きな問題があります。

算定要件が厳しすぎて、オンライン診療の普及が促進していかないような条件になっています。

以下に算定要件を載せます。

ア.以下の⓵~⓾のいずれかの管理料等を算定する患者であって、当該管理料等を初めて算定した月から6月以上を経過し、かつ同6月の間、オンライン診療を行う医師と同一の医師により毎月対面診療を行った患者に対して算定する。

⓵特定疾患療養管理料 ⓶小児科療養指導料 ⓷てんかん指導料 ⓸難病外来指導管理料 ⓹糖尿病透析予防指導管理料

⓺地域包括診療料 ⓻認知症地域包括診療料 ⓼生活習慣病管理料 ⓽在宅時医学総合管理料 ⓾精神科在宅患者支援管理料

イ.上記「ア」における管理料等を初めて算定した月から既に6月以上経過している場合は、直近12月以内に6回以上、同一医師と対面診療を行っていればよい。

ウ.対面による診療の間隔は3月以内であり、オンライン診療料を3月連続では算定できない。

エ.初診料、再診料、外来診療料、在宅患者訪問診療料(Ⅰ)(Ⅱ)を算定する月は算定できない。

オ.対面による診療とオンラインによる診察を組み合わせた診療計画を作成し、当該計画に基づき、オンライン診察を行った上で、その診察内容、診察日、診察時間等の要点をカルテに記載する。

カ.当該診療計画に基づかない他の傷病に対する診察は、対面診療で行うことが原則であり、オンライン診療料は算定できない。

キ.オンライン診療は、当該医療機関内において行う。

ク.オンライン診療料を算定した月は、オンライン医学管理料以外の医学管理等の点数(特定疾患療養管理料など)は算定できない。

ケ.オンライン診察時に投薬の必要性を認めた場合は、処方料又は処方箋料を別に算定できる。

コ.オンライン診察を行う際には、予約に基づく診察による特別の料金の徴収はできない。

サ.オンライン診察を行う際の情報通信機器の運用に要する費用については、療養の給付と直接関係ないサービス等の費用として別途徴収できる。

シ.オンライン診療料を算定する場合は、レセプトの適用欄に、上記「ア」において算定した管理料等の名称及び算定を開始した年月を記載する。

(施設基準)

ス.厚労省の定める情報通信機器を用いた診療に係る指針に沿って診療を行う体制を有する。

セ.オンライン診療料の算定を行う患者について、緊急時に概ね30分以内に当該医療機関において診察可能な体制を有する(上記「ア」の⓶、⓷、⓸を算定する患者は除く)。

ソ.1月あたりの再診料等(電話等による再診は除く)及びオンライン診療料、在宅患者訪問診療料(Ⅰ)(Ⅱ)の算定回数に占めるオンライン診療料の算定回数の割合が1割以下である。

(届出)

タ.届出にあたっては、届出前1月の実績が必要である。

(2)情報通信機器等を用いて行う医学的な管理(遠隔診療)をする場合は、これまでは、電話等による再診として再診料(72点)を算定できることとされていたが、2018年4月以降はオンライン診療料(70点)で算定することとされた。

ただし、2018年3月31日以前に3月以上継続して遠隔診療を行っていた患者については、一連の医学的な管理が終了するまでの間は、電話等による再診として引き続き再診料を算定できる。

なお、この場合において、時間外加算、休日加算、深夜加算、夜間・早朝等加算は算定できない。

(3)電話等による再診として再診料(72点)を算定する場合は、以下の費用の算定・徴収はできない。

⓵医学管理等に規定する全ての点数(特定疾患療養管理料など)

⓶予約に基づく診察による特別の料金

通知

(1) オンライン診療料は、対面診療の原則のもとで、対面診療と、リアルタイムでの画像を 介したコミュニケーション(ビデオ通話)が可能な情報通信機器を活用した診察(以下「オンライン診察」という。)を組み合わせた診療計画を作成し、当該計画に基づいて計 画的なオンライン診察を行った場合に、患者1人につき月1回に限り算定できる。

なお、 当該診療計画に基づかない他の傷病に対する診察は、対面診療で行うことが原則であり、 オンライン診療料は算定できない。

(2) オンライン診察は、(1)の計画に基づき、対面診療とオンライン診察を組み合わせた医 学管理のもとで実施されるものであり、連続する3月の間に対面診療が1度も行われない 場合は、算定することはできない。

ただし、対面診療とオンライン診察を同月に行った場 合は、オンライン診療料は算定できない。

(3) オンライン診療料が算定可能な患者は、区分番号「B000」特定疾患療養管理料、「B001」の「5」小児科療養指導料、「B001」の「6」てんかん指導料、「B0 01」の「7」難病外来指導管理料、「B001」の「27」糖尿病透析予防指導管理料、「B001-2-9」地域包括診療料、「B001-2-10」認知症地域包括診療料、「B001-3」生活習慣病管理料、「C002」在宅時医学総合管理料又は「I016」精神科在宅患者支援管理料(以下「オンライン診療料対象管理料等」という。)の算 定対象となる患者で、オンライン診療料対象管理料等を初めて算定した月から6月以上経 過し、かつ当該管理料等を初めて算定した月から6月の間、オンライン診察を行う医師と 同一の医師により、毎月対面診療を行っている患者に限る。

ただし、オンライン診療料対 象管理料等を初めて算定した月から6月以上経過している場合は、直近 12 月以内に6回以上、同一医師と対面診療を行っていればよい。

(4) 患者の同意を得た上で、対面による診療とオンライン診察を組み合わせた診療計画(対 面による診療の間隔は3月以内のものに限る。)を作成する。

また、当該計画の中には、 患者の急変時における対応等も記載する。

(5) 当該計画に沿った計画的なオンライン診察を行った際には、当該診察の内容、診察を行 った日、診察時間等の要点を診療録に記載すること。

(6) オンライン診察を行う医師は、オンライン診療料対象管理料等を算定する際に診療を行 う医師と同一のものに限る。

(7) オンライン診察を行う際には、厚生労働省の定める情報通信機器を用いた診療に係る指 針に沿って診療を行う。

(8) オンライン診察は、当該保険医療機関内において行う。

(9) オンライン診療料を算定した同一月に、第2章第1部の各区分(通則は除く。)に規定 する医学管理等は算定できない。

(10) オンライン診察時に、投薬の必要性を認めた場合は、区分番号「F100」処方料又は 区分番号「F400」処方箋料を別に算定できる。

(11) 当該診察を行う際には、予約に基づく診察による特別の料金の徴収はできない。

(12) 当該診察を行う際の情報通信機器の運用に要する費用については、療養の給付と直接関 係ないサービス等の費用として別途徴収できる。

(13) オンライン診療料を算定する場合は、診療報酬明細書の摘要欄に、該当するオンライン 診療料対象管理料等の名称及び算定を開始した年月を記載すること。

要約すると、

・オンライン診療導入前6か月間は毎月病院に通わなければならない。しかも同じ医師に診てもらう必要がある。

・オンライン診療導入後、3か月に一度は病院に行かなければならない。

・緊急時には、30分以内に診察可能な体制を整えておく必要がある。

遠隔診療という新しい可能性をつぶさないための規制強化であることはわかりますが、このルールのもとでは大きな進展は望めないと考えております。

2020年の診療報酬改定でさらなる進展を期待します。

高齢者の睡眠薬は何が良い?

高齢者の睡眠障害、特に認知症患者にベンゾジアゼピン系薬を用いることは適切ではないと指摘されています。

その理由として、
⓵BZ系薬の服用により認知症患者の認知機能がさらに低下する可能性がある。
⓶BZ系薬は、神経伝達物質であるγアミノ酪酸(GABA)受容体のα1サブユニットに作用することで効果を発揮します。アルツハイマー病では、発症の早期段階からα1受容体が欠落するという報告があります。そのため、作用部位が乏しいにもかかわらず投与された場合、当然ながら効果は得られず、副作用ばかりが目立つことになります。

高齢者の医薬品適正使用の指針案においても、BZ系薬は、過鎮静、認知機能の悪化、運動機能低下、転倒、骨折、せん妄などのリスクを有しており、高齢者に対して特に慎重な投与を要する薬剤と注意が喚起されています。

では、認知症患者の睡眠障害に対してどう対処すればよいのでしょうか。

例えば、午前中に日光を浴びて、適度な運動を行う、午睡の制限、ベッドタイムルーチンの構築(就寝前に決まった行動を取る)などです。

騒音や光の低減など睡眠環境の改善などの工夫だけでも、不眠の訴えは随分軽減されるとして、日本神経学会の認知症疾患診療ガイドライン2017でも睡眠衛生指導を推奨しています。

中でも、高照度光療法が最も良い成績を上げています。

必要に応じて催眠鎮静薬を用いる場合、指針案では、BZ系薬は依存を起こす可能性があり、海外のガイドラインでも投与期間を4週間以内としていることも留意すべきと記しています。

一方、既にBZ系薬を長期に服薬している認知症患者の場合はどうでしょうか。

BZ系薬を長く使っていても、きちんと眠れて、日常にも特に支障ないようであれば、急いでやめる必要はありません。

かえって急にBZ系薬を休薬すると、強い不眠が表れることがあります。

無理やりやめて、不眠になったり落ち着かなくなったりすれば、本人も家族にも苦痛が増えることになります。

しかし、効果が不明で漫然と長期投与されている例では、常に減薬や中止の可能性を考え、本人と話し合いながら少しずつ減薬を試みることが必要です。

BZ系薬以外の選択肢としては、ラメルテオンやスボレキサントがあります。

メラトニン受容体作動薬であるラメルテオン(ロゼレム)や、覚醒を維持する脳内物質オレキシンの働きを抑えるスボレキサント(ベルソムラ)はBZ系薬と作用が全く異なる薬剤です。

認知症の不眠に対する効果は明らかなではないものの、不眠を訴える認知症患者の入院治療において、BZ系薬を、ラメルテオンやスボレキサントに置換して、睡眠を調節している医療機関も少なくありません。

また、リスペリドンは有効性を示す2つのランダム化比較試験(RCT)があり、認知症の睡眠障害に検討してもよい薬剤とされまています。

さらに漢方薬である抑肝散も選択肢に挙げられます。

抑肝散は認知症患者のBPSDに処方されることが多い漢方ですが、不眠症に対する適応もあります。

抑肝散は、認知症患者の易怒性や攻撃性を抑える効果があります。

ストレスがあってイライラしている人には、日中の症状だけでなく夜間の睡眠を安定させる効果があります。

効き目はマイルドですが安全性が高いので、使用する価値はあるでしょう。

しかし、認知症患者の不眠症について、きちんとしたエビデンスの得られている薬はほとんどないのが現状です。

唯一、弱いながらエビデンスを示すのが、抗うつ薬でもあるトラゾドンです。

アルツハイマー病を対象にしたRCTの結果によると、トラゾドン1日50㎎を2週間投与することにより、夜間の総睡眠時間を約40分延長し、夜間睡眠割合を有意に増加させました。

一方、中途覚醒に対する効果はありませんでした。

ある専門医はトラゾドン(デジレル、レスリン)を積極的に使っており、特にせん妄ハイリスク患者の不眠には効果が得られやすいといいます。

不眠の程度により、トラゾドン(デジレル、レスリン)と、ラメルテオン(ロゼレム)ないしスボレキサント(ベルソムラ)を併用しています。

ラメルテオンの入眠効果が不十分な場合は、スボレキサントに替えています。

トラゾドンについては、睡眠薬ではありませんが認知症患者の不眠に対する選択肢の1つになり得ます。

今後、これらの薬剤がエビデンスを蓄積していくのを期待しています。

脳梗塞急性期の血栓回収療法の適応時間広がる

発症時刻不明の脳梗塞にも積極治療

脳梗塞急性期の積極治療として血栓回収療法が注目されています。

症例を選べば、発症16~24時間まで有効なことが明らかになりました。

就寝中の発症といった発症時刻不明例に積極治療の道が開かれた意義は大きく、日本でもその普及が期待されます。

発症から6~16時間と、やや時間が経過した脳梗塞でも血栓回収療法は有効であることを示すDEFUSE3試験の結果が、2018年1月に米国ロサンゼルスで開催された国際脳卒中会議(ISC2018)で発表されました。

発症16時間までの血栓回収療法に、確固たるエビデンスができたので、朝起きた時、既に神経症状が出ていたといった発症時刻不明の脳梗塞も、今後は血栓回収療法の検討対象となります。

血栓回収療法とは、内頚動脈や中大脳動脈など脳主幹動脈の血栓性閉塞に対して、閉塞部位でステントなどを展開して血栓を把持回収することで、血管を再開通させようという治療法です。

日本では主に、ステント型のデバイス(ステントリトリーバー)3種類と、血栓を吸引して回収するデバイス1種類が使われています。

DEFUSE3の対象は、
⓵発症(無症状であることが最後に確認された時刻)から6~16時間以内。
⓶神経症状の重症度が中等度以上。
⓷CT/MRIで急性期の梗塞巣(虚血コア)の1.8倍以上の低灌流域があり、血流が回復すれば救済可能な領域(ペナンブラ)が一定以上ある。

などの条件を満たした症例です。

治療可能時間が広がったことで、血栓回収療法の標準治療としての位置付けは、より高まったといえます。

しかし、現状の日本では同療法の普及は万全ではありません。

今後は救急搬送から血栓回収療法を含めた高度医療まで、脳梗塞急性期医療全体の見直しが必要不可欠と言えそうです。

椎間板ヘルニアを溶かす新薬が発売

椎間板髄核への直接注入で椎間板内圧を下げる治療薬ヘルニコア(一般名:コンドリアーゼ)が世界で初めて承認され、2018年8月にも発売されます。

保存療法が効かない一部の腰椎椎間板ヘルニア患者にとっては待望の、手術にかわる新たな選択肢が登場します。

腰椎椎間板ヘルニア患者に対しては、最初の数か月間は消炎鎮痛薬の投与や神経ブロック注射による保存療法を行い、十分な改善が得られない場合には手術でヘルニア塊を摘出するのが一般的です。

コンドリアーゼは、従来全身麻酔を用いた手術が必要だった患者に対して、局所麻酔下での注射のみという簡便な手技により低侵襲な治療を可能にする治療薬です。

コンドリアーゼは、椎間板髄核の構成成分であるグリコサミノグリカン(GAG)を分解するコンドロイチナーゼABC(C-ABC)が有効成分。コンドリアーゼを椎間板内に直接注入することで、髄核中のGAGを融解して椎間板内圧を下げ、突出した髄核による神経への圧迫を軽減します。

これにより1回の注射で疼痛症状の改善が期待されます。

椎間板に薬剤を直接注入して髄核を融解させる治療法(科学的髄核融解術)は以前から存在し、欧米ではキモパパインという治療薬が臨床使用されていました。

しかし、蛋白質分解酵素であるキモパパインは、神経などの周辺組織を損傷して重篤な合併症を起こした症例が報告されたことから現在は使用されておらず、日本では治療薬として承認されたことはありません。

一方、GAGを特異的に分解する多糖分解酵素C-ABCは髄核以外の部分を融解してしまう可能性は低く、脊髄に直接投与されても大きな問題は起こりにくいと考えられています。

こうした特長から、C-ABCは脊髄損傷患者への再生医療にも応用されています。

慢性期の損傷脊髄にはかさぶたのような組織(グリア瘢痕)が形成され、軸索の進展を阻害し脊髄の再生を妨げます。

C-ABCには、軸索再生を阻害する因子の1つ(コンドロイチン硫酸プロテオグリカン)を特異的に分解する作用があります。

慶応義塾大学整形外科学教室のグループは、C-ABCなどで軸索再生阻害因子を抑制した上で、iPS細胞による細胞移植とリハビリテーションを組み合わせることにより、脊髄損傷患者の運動機能回復を目指す研究を行っています。

安全で画期的な治療選択肢となり得るコンドリアーゼですが、今後の普及に向けては課題も存在します。

慶応義塾大学整形外科学教室の教授は、適用対象を見極めながら広めていかないと、誤った使用法によるデメリットが顕在化してしまい、せっかくの有効な治療法が頓挫しかねないと注意喚起しています。

コンドリアーゼは、髄核が線維輪を破って突出し、後縦靭帯を圧迫している場合(後縦靭帯下脱出型)に有効な治療法です。

髄核の膨隆が小さい軽症患者に投与してしまうと、不必要に椎間板の高さを減少させる恐れがあります。

逆に、損傷が激しい椎間板に注入すると、治療薬が椎間板外に漏れて周辺組織に悪影響を及ぼしかねません。

誤って血中に流入した場合には抗体の発現やショックのリスクもあります。

こうした有害事象は、今回の承認で適用対象とされた「保存療法で十分な改善が得られない後縦靭帯下脱出型の腰椎椎間板ヘルニア」患者に対して使用される限り発生しにくいと考えられます。

経験豊富な専門医による正確な診断が重要です。コンドリアーゼの使用に際しては、日本脊椎脊髄病学会や日本脊髄外科学会の指導医に相談することが必要と思われます。

安全な治療法として広めていくにはどういったルール作りが必要かを、学会レベルでコントロールしていくことが求められます。