高齢者の睡眠障害、特に認知症患者にベンゾジアゼピン系薬を用いることは適切ではないと指摘されています。
その理由として、
⓵BZ系薬の服用により認知症患者の認知機能がさらに低下する可能性がある。
⓶BZ系薬は、神経伝達物質であるγアミノ酪酸(GABA)受容体のα1サブユニットに作用することで効果を発揮します。アルツハイマー病では、発症の早期段階からα1受容体が欠落するという報告があります。そのため、作用部位が乏しいにもかかわらず投与された場合、当然ながら効果は得られず、副作用ばかりが目立つことになります。
高齢者の医薬品適正使用の指針案においても、BZ系薬は、過鎮静、認知機能の悪化、運動機能低下、転倒、骨折、せん妄などのリスクを有しており、高齢者に対して特に慎重な投与を要する薬剤と注意が喚起されています。
では、認知症患者の睡眠障害に対してどう対処すればよいのでしょうか。
例えば、午前中に日光を浴びて、適度な運動を行う、午睡の制限、ベッドタイムルーチンの構築(就寝前に決まった行動を取る)などです。
騒音や光の低減など睡眠環境の改善などの工夫だけでも、不眠の訴えは随分軽減されるとして、日本神経学会の認知症疾患診療ガイドライン2017でも睡眠衛生指導を推奨しています。
中でも、高照度光療法が最も良い成績を上げています。
必要に応じて催眠鎮静薬を用いる場合、指針案では、BZ系薬は依存を起こす可能性があり、海外のガイドラインでも投与期間を4週間以内としていることも留意すべきと記しています。
一方、既にBZ系薬を長期に服薬している認知症患者の場合はどうでしょうか。
BZ系薬を長く使っていても、きちんと眠れて、日常にも特に支障ないようであれば、急いでやめる必要はありません。
かえって急にBZ系薬を休薬すると、強い不眠が表れることがあります。
無理やりやめて、不眠になったり落ち着かなくなったりすれば、本人も家族にも苦痛が増えることになります。
しかし、効果が不明で漫然と長期投与されている例では、常に減薬や中止の可能性を考え、本人と話し合いながら少しずつ減薬を試みることが必要です。
BZ系薬以外の選択肢としては、ラメルテオンやスボレキサントがあります。
メラトニン受容体作動薬であるラメルテオン(ロゼレム)や、覚醒を維持する脳内物質オレキシンの働きを抑えるスボレキサント(ベルソムラ)はBZ系薬と作用が全く異なる薬剤です。
認知症の不眠に対する効果は明らかなではないものの、不眠を訴える認知症患者の入院治療において、BZ系薬を、ラメルテオンやスボレキサントに置換して、睡眠を調節している医療機関も少なくありません。
また、リスペリドンは有効性を示す2つのランダム化比較試験(RCT)があり、認知症の睡眠障害に検討してもよい薬剤とされまています。
さらに漢方薬である抑肝散も選択肢に挙げられます。
抑肝散は認知症患者のBPSDに処方されることが多い漢方ですが、不眠症に対する適応もあります。
抑肝散は、認知症患者の易怒性や攻撃性を抑える効果があります。
ストレスがあってイライラしている人には、日中の症状だけでなく夜間の睡眠を安定させる効果があります。
効き目はマイルドですが安全性が高いので、使用する価値はあるでしょう。
しかし、認知症患者の不眠症について、きちんとしたエビデンスの得られている薬はほとんどないのが現状です。
唯一、弱いながらエビデンスを示すのが、抗うつ薬でもあるトラゾドンです。
アルツハイマー病を対象にしたRCTの結果によると、トラゾドン1日50㎎を2週間投与することにより、夜間の総睡眠時間を約40分延長し、夜間睡眠割合を有意に増加させました。
一方、中途覚醒に対する効果はありませんでした。
ある専門医はトラゾドン(デジレル、レスリン)を積極的に使っており、特にせん妄ハイリスク患者の不眠には効果が得られやすいといいます。
不眠の程度により、トラゾドン(デジレル、レスリン)と、ラメルテオン(ロゼレム)ないしスボレキサント(ベルソムラ)を併用しています。
ラメルテオンの入眠効果が不十分な場合は、スボレキサントに替えています。
トラゾドンについては、睡眠薬ではありませんが認知症患者の不眠に対する選択肢の1つになり得ます。
今後、これらの薬剤がエビデンスを蓄積していくのを期待しています。